はじめまして。ゲームで人生が変わった大人です|G-sc代表のひとりごと

代表のひとりごと

「ゲームばかりしていないで」。子どものころ、何度も言われた言葉です。その言葉を言われ続けた子どもが、いまはゲームを使った教室をやっています。

2026.08.26 G-sc代表 伴野 純 およそ3分で読めます

ごあいさつ

はじめまして。長野県佐久穂町を拠点にオンライン学習支援ゲーミングアフタースクール「G-sc(ジースク)」を運営しております、伴野(トモノ)と申します。

小中学生を対象に、マインクラフトを中心としたレッスンを行っています。ただゲームがうまくなる教室ではありません。ゲームを入口にして、その子の興味がどこまで広がるかを、一緒に見にいく場所です。

このコラムは、その私が日ごろ考えていることを置いておく場所です。G-sc:ゲーミングアフタースクールの代表という肩書きの前に、私自身がずいぶんゲームに助けられてきた人間である、という話から始めさせてください。

小学3年生、学校に行けなくなった

きっかけは、担任の先生が変わったことでした。理由としては、それだけです。ただ、当時の私にはそれが全部でした。

学校へ行けなくなった私が手にしたのが、父の持っていたプレイステーションでした。ガンダムのゲームです。画面の中で機体を動かしている間だけ、呼吸が楽になりました。

そして、親と医師からこう言われます。

「学校には行かなくていいよ」

この一言で、ずいぶん楽になったのを覚えています。そこから保健室登校、午前中だけの登校を経て、一年ほどで普通に通えるようになりました。

あのとき親がどう接してくれたのか、それを私がどう受け取っていたのか。一番お伝えしたいのはそこなのですが、ここに収めるには長すぎます。連載のほうで、じっくり。

偏差値35の高校から、タイの大学へ

中学ではサッカーばかりしていました。勉強はテスト前だけ、成績は中の下。将来の夢を聞かれても、本当に何も答えられない子どもでした。

進学先は、兄が通っていて家から近い、という理由だけで選んだ偏差値35の高校です。

転機は高校2年の夏でした。『アンチャーテッド』というゲームに出会います。遺跡を巡り、謎を解き、宝を探す。その遺跡があまりに美しく壮大で、しばらく心を持っていかれていました。やがて、あの遺跡には現実のモデルがあることを知ります。東南アジアの、アンコール遺跡群でした。

ここから先の私は、我ながら少し極端です。学びたいなら現地に行けばいい。そう考えて、英語もタイ語もできないまま、タイの大学へ渡りました。

その留学がどうなったのか。そして数年後、私がなぜ大阪大学の教室に座っていたのか。この道のりは、とても一回では書けません。

なぜ「ゲーム × 学び」なのか

ゲームは時間の無駄だ、という声はいまも根強くあります。私自身、そう言われて育ちました。真っ向から反論するつもりはありません。ただ、私の手元には反例が一つあります。私です。

不登校の私を助けてくれたのもゲームなら、勉強する理由をくれたのもゲームでした。あのとき『アンチャーテッド』に出会っていなければ、私は遺跡にも、タイにも、大学にもたどり着いていません。

子どもの進む先を決めるのは、大人が用意した正しい道筋よりも、本人がたまたま触れた何かであることが多い。だとしたら、その「たまたま」を増やしてあげたい。G-scは、その考えでできています。

このコラムでやっていくこと

「代表のひとりごと」では、これから次のようなことを書いていきます。

  • ゲームのニュースや研究について、私なりに思うところ。賛成も反対も、遠慮なく書くつもりです。
  • レッスンの現場で、子どもたちに教わったこと。だいたい、私のほうが驚かされています。
  • そして、ここで途中まで書いた私自身の話。不登校のこと、留学のこと、進路のこと。順を追って書いていきます。

更新は週に一度ほど。肩の力を抜いて書いていきますので、どうぞ気楽にお付き合いください。